大阪地方裁判所 昭和41年(ワ)7079号 判決 1969年3月24日
原告
松島登免代
ほか六名
被告
岡本房太郎
ほか一名
主文
一、被告らは、各自、原告松島登免代に対し金一九六、六六六円、その余の原告ら六名に対し各金九八、八八八円宛および右各金員に対する昭和四一年一月一九日からそれぞれ支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
一、原告らのその余の請求を棄却する。
一、訴訟費用はこれを四分し、その三を原告らの、その余を被告らの負担とする。
一、この判決の第一項は仮りに執行することができる。
一、但し、被告らにおいて共同して原告松島登免代に対し金一六〇、〇〇〇円、その余の原告ら六名に対し各金八〇〇、〇〇〇円宛の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。
事実及び理由
第一原告らの申立
被告らは、各自、
原告松島登免代に対し金一、五四六、〇九九円、その余の原告ら六名に対し各金六三二、〇三三円宛および右各金員に対する昭和四一年四月一九日(本件不法行為による損害発生の日)から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員(民法所定の遅延損害金)を支払え
との判決ならびに仮執行の宣言。
第二争いのない事実
一、本件事故発生
とき 昭和四一年四月一七日午前一〇時一五分ごろ
ところ 大阪市浪速区久保吉町一二六〇番地先、交差点
事故車 三輪貨物自動車(大六え四六二三号)
運転者 被告昇三
死亡者 訴外松島金蔵
態様 右道路を西進中の事故車が該道路の横断歩道を南から北へ歩行中の金蔵に衝突したため、同人が負傷し、同月一九日死亡した。
二、事故車の運行供用
被告房太郎は事故車を保有し自己の営業のために使用し運行の用に供していた。
三、身分関係
被害者金蔵と原告らの身分関係は左のとおり
<省略>
四、権利の承継
原告らは前記の身分関係に基き亡金蔵の権利を法定相続分に応じ承継取得した。
五、保険金の支払
原告らは、本件事故による損害に対し自賠法による保険金一、一四〇、〇〇〇円の支払を受けている。
第三争点
(原告らの主張)
一、責任原因
被告らは、各自、左の理由により原告らに対し後記の損害を賠償すべき義務がある。
(一) 被告房太郎
根拠 自賠法三条
該当事実 前記第二の二の事実
(二) 被告昇三
根拠 民法七〇九条
該当事実 本件事故は、被告昇三の全面的過失により発生したものである。
二、損害の発生
(一) 逸失利益
亡金蔵は本件事故のため左のとおり得べかりし利益を失つた。
右算定の根拠は次のとおり。
(1) 職業
家具商経営。
(2) 収入 月額六〇、〇〇〇円
(3) 生活費 月額三〇、〇〇〇円
(4) 就労可能年数
死亡当時の年令七二年。
平均余命八・二年
右平均余命の範囲内で八・二年間就労可能。
(5) 逸失利益額
亡金蔵の逸失利益の死亡時における現価は金一、八三八、二九八円(ホフマン式算定法により年五分の中間利息を控除、但し、円未満切捨)。
(二) 精神的損害(慰謝料)
亡金蔵 一、〇〇〇、〇〇〇円
原告登免代 六〇〇、〇〇〇円
その余の原告ら(六名)各三〇〇、〇〇〇円宛
右算定につき特記すべき事実は次のとおり。
亡金蔵の死と原告らの身分関係。
三、本訴請求
(1) 原告登免代 一、五四六、〇九九円(内訳、相続分九四六、〇九九円、固有分六〇〇、〇〇〇円)。
(2) その余の原告ら 六三二、〇三三円(内訳、相続分三三二、〇三三円、固有分三〇〇、〇〇〇円)。
(3) 右各金員に対する前記遅延損害金。
(被告らの主張)
一、被告らの無責、免責
(一) 本件事故は、亡金蔵の自殺的ともいうべき無謀な行動によつて惹起されたものであり、被告昇三としては避けることの出来なかつた不可抗力によるものであるから被告らには責任がない。
(1) すなわち、本件事故現場は信号のある交差点であるが、信号待ちをしていた事故車が青信号に変つたので発車しようとしたところ、亡金蔵が事故車の後方より赤信号を無視して事故車の前に飛び出して来たため、被告昇三は同人を認めるや直ちに事故車を停車させたが勢いづいた同人と事故車の前部が接触し同人が負傷した(同人が七二才という老令でなければ、衝突、転倒しても死に至るということは考えられない程度の衝撃であつた)。
(2) 歩行者たる者も交差点における信号を導守すべきことは勿論であり信号を無視して飛び出すことが如何に危険であるかは充分判つている筈である。運転者としては、歩行者が信号を導守し自殺でもない限りそのような危険な行為には出ないであろうとこれを信頼し信号に従つて発進させるのは当然であり、すでに横断中の歩行者があるならば格別、歩道上の人物の意向をまでをたしかめる訳にはいかない。
(3) 以上のとおり、亡金蔵は事故車が発車せんとするところへ信号を無視して急に飛び出してきたものであるから、将に自殺的行為ともいうべきものであつて、被告昇三としては避けることの出来なかつたものである。
(二) 車輛の機能、構造上の無欠
事故車は完全に整備されており、本件事故の原因となるべき機能、構造上の欠陥はなかつた。
二、原告らの請求の不当性
(一) 原告らは、亡金蔵は家具商を営んでいたというが、同人は環状線ガード下の木工場で椅子の張替えその他家具類の修理業を営んでいたものであり、右木工場の中に上敷を敷き家族らと別居して一人ここに居住していた。別居の理由は明白でないが、事故当時はみすぼらしい服装をし着衣も薄よごれて浮浪者と見まちがえられるような様子をし、本人の氏名はもとよりその家族の関係も容易に判明せず、事故の態様よりみて自殺ではないかと真剣に考えられた位である。右のような事情からみて同人の収入は極めて少なかつたものと考えられ、またそのわずかな収入も同人の生活にすべて費されていた筈で、同人の得べかりし利益の損失は皆無というべきである。
(二) また、同人が家族等から疎遠にされていた右事情からみて原告ら主張の慰謝料は不当に高きに過ぎるといわねばならない。
三、過失相殺
仮りに、被告昇三に過失ありとするも、前記の如く亡金蔵の過失も極めて大きく事故発生の大半の費は同人自身が負うべきであり、少くとも八割の過失相殺がなさるべきである。そして、原告らの請求額の八割を過失相殺した後の賠償請求権は前記保険金一、一四〇、〇〇〇円で填補されていることになるから、原告らは何らの請求権を有せず、本訴請求は当然棄却さるべきである。
第四証拠 〔略〕
第五争点に対する判断
一、責任原因
被告らは、各自、左の理由により原告に対し後記の損害を賠償すべき義務がある。
(一) 被告房太郎
根拠 自賠法三条
該当事実 前記第二の二の事実(後記二参照)
(二) 被告昇三
根拠 民法七〇九条
該当事実 左のとおり。
(1) 本件交差点東側の東西道路の車道巾員は一五・五米、南北道路の車道巾員は八・二米であり、右両道路には信号機が設置されている。右両道路上の信号には時差がない。
(2) 被告昇三は、右東西道路を西進してきたのであるが、対面信号機の赤信号に従つて右交差点の東側横断歩道の手前で停止した(この時の東西道路の車道左(南)端から事故車の右前照灯附近までの距離は約三米)。
(3) その後、同被告は南北道路上の北行信号機が黄色になつたころから発進準備をし同信号が赤になるのを認めると同時に発進したのであるが、(対面信号はみていない)、その直後、事故車の前輪附近に人影(亡金蔵)を認め直ちに急停止の措置をとつたが及ばず事故車の右前照灯附近が亡金蔵にあたり本件事故が発生した。東西道路左(南)端から衝突地点までの距離は約三米位。
(4) 亡金蔵は前記横断歩道を南から北へ横断しようとしていたものである。
(〔証拠略〕)
(5) 右事実によれば、亡金蔵は北行信号の黄色の終ごろから赤に変つた直後の間に横断を開始したものと推認され、同人に信号無視の過失の存したことは否定し得ないところであるが、他方、前記東西道路左(南)端から衝突地点までの距離が約三米位であつたことを考慮すると、被告昇三としても発進に際し前方を注視さえしておればより早く亡金蔵の動静に気づき本件事故を回避する余地は充分存したものと推認されるので、同被告の前方不注視の過失は免れないものと認めるのが相当である。
二、被告房太郎の免責
不認容。
被告昇三に前記の如き過失が認められる以上、被告房太郎の免責は認められない。
三、損害の発生
(一) 逸失利益
亡金蔵は本件事故のため左のとおり得べかりし利益を失つた。
右算定の根拠は次のとおり。
(1) 職業
室内装飾加工業。
(〔証拠略〕)
(2) 収入
原告ら主張のとおりと認めるのが相当。
(〔証拠略〕)
(3) 生活費
原告ら主張のとおりと認めるのが相当。
(〔証拠略〕)
(4) 就労可能年数
死亡当時の年令七二年
平均余命約八年
右平均余命の範囲内で七五才まで三年間は就労可能と認めるのが相当。
(〔証拠略〕)
(5) 逸失利益額
亡金蔵の逸失利益の死亡時における現価は金九八〇、〇〇〇円(ホフマン式算定法により年五分の中間利息を控除、年毎年金現価率による、但し、一〇、〇〇〇円未満切捨)。
(六〇、〇〇〇円-三〇、〇〇〇円)×一二×二・七三一≒九八〇、〇〇〇円
(二) 精神的損害(慰謝料)
亡金蔵 一、〇〇〇、〇〇〇円
原告登免代 四〇〇、〇〇〇円
その余の原告ら(六名) 各二〇〇、〇〇〇円宛
右算定につき特記すべき事実は次のとおり。
(1) 亡金蔵の年令と原告らの身分関係。
(2) 亡金蔵は環状線下の仕事場と別に住居を持ち原告登免代、同健司、同裕司と同居していたものである。
(〔証拠略〕)
四、過失相殺
亡金蔵にも本件事故の発生につき前記の如き軽からざる過失がある。
しかして、本件事故の態様、被告昇三の過失の内容、程度等を考慮すれば過失相殺により原告らの前記損害賠償請求権の二分の一を減ずるのが相当である。
五、損益相殺
自賠法による保険金一、一四〇、〇〇〇円が支払われたことは当事者間に争いがないが、原告宏之の供述および弁論の全趣旨によれば内金一四〇、〇〇〇円は亡金蔵が死亡するまでの病院における治療費に対するものとして支払われたものと認められるので、原告らの本訴請求の損害に充当さるべきものは金一、〇〇〇、〇〇〇円と認むべく、弁論の全趣旨に照らし右は原告らの損害賠償請求権に法定相続分に応じ按分充当されたものと認めるのが相当である。
六、原告らの基本債権
(1) 原告登免代 一九六、六六六円
亡金蔵の相続分六六〇、〇〇〇円と同原告固有の慰謝料四〇〇、〇〇〇円の合計一、〇六〇、〇〇〇円を前記割合により過失相殺した後、損益相殺額三三三、三三四円(円未満切上げ)を控除した残額。
(2) その余の原告ら(六名) 各九八、八八八円宛
前同相続分二二〇、〇〇〇円と右原告らの固有の慰謝料二〇〇、〇〇〇円の合計四二〇、〇〇〇円を前記割合により過失相続した後、損益相殺額一一一、一一一円を控除した残額(円未満切捨)。
第六結論
被告らは、各自、原告登免代に対し金一九六、六六六円、その余の原告らに対し各金九八、八八八円宛および右金員に対する昭和四一年四月一九日(本件不法行為による損害発生の日)からそれぞれ支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払わねばならない。
訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行および同免脱の宣言につき同法一九六条を適用する。
(裁判官 上野茂)